第2回 坂本龍馬・吉村虎太郎土佐脱藩の道を歩く③

 11月27日

 
 第1回目に来た時踏破出来なかった旧道に挑戦

朝早いのでJRがなく、またタクシーもなくやむなくホテルを5時30分に出る。暗い中、須崎駅に5時55分着き。須崎  駅発バス6時47分寒いし時間もあるので、近くのコンビニで朝食を食べ時間をつぶす。バスは1日5本しかなく、壁地トンネル手前で降車7時33分着。バス停はあるが乗るのも降りるのもバス停にこだわらず希望に乗降させていただける。
【今日の予定は】
  壁地峠の再挑戦
 吉村虎太郎生家への道
 当別峠越え再挑戦

『壁地峠越え』 
まず5年前1回目来た時にお世話になった野村さん宅にお礼のご挨拶をするが、よく覚えていなかったようであったが5年前仕方ない

すぐ先の壁地峠越えを再挑戦するためトンネル手前左の広場まで行く壁地峠は正面の陽のあったった、切通に見える辺り

前回と違って草もなく見通しよくなっているので、整備されたのかと一瞬喜ぶ

奥に入っていくもやはり廃道化のまま、さらに悪くなっている状況登り口ここが正しければ

峠は向かって正面の日の当たっている切通し辺り

向かって右のトンネルは現在の車道。左斜めに入っている道は、それ以前の旧国道で白い建物の左上辺りに旧トンネルがあります。脱藩の旧道はその少し左から越えていたようです

 峠越えの道は左のプレハブ物置の辺りから左斜めに旧国道に沿って登っていた。正面の切通の峠越えがわかります

諦めきれず旧国道を少し登ると旧壁地トンネルが見えます。旧道はトンネル左の樹林の中を登っていたようです
旧壁地トンネル入り口も網で完全に入れないようになっている

トンネル内はまだ綺麗ですやはり再挑戦諦めて戻る。

多分龍馬脱藩ブームの時であれば峠越えを整備するのでしょうが今は歩く人も少なくなったので放置されている。
【壁地峠越えの詳細がわかる方は是非教えてください】

未練がましくもう一度シャッターを押す

壁地トンネルを抜け、前回と同じように反対側から旧道に入って旧壁地トンネルの出口に行くと同じように網でガードしています。峠越えは右手の林の中です。

トンネルの手前少し戻り、右手に峠越えの旧道跡が残る(前回も残っていた)

これなら反対側から峠まで行けるかと淡い期待を持った

前回より悪くなっていて一人では歩ける状態でないので諦める。これだけ2回も挑戦したのだから満足

整備しなければ数年後完全に廃道化というより自然に戻るだろう。ブームも去り行政も力が入っていないとおっしゃっていた
2016年の時は反対側からもう少しという所まで行けたが、やはり5年の歳月は大きい

国道より100m程の旧トンネルに通じていた道はまだよいのだが

壁地峠越再挑戦も空しく踏破出来なかった、全く道が藪で消失、前回よりもさらに歩けなくなっている。なんとか整備してほしいものですが行政の事情も有るのだろうからとやかく言えないが残念。
壁地峠越の再挑戦失敗 

『力石~虎太郎生家~宮谷』の道
力石まで歩き、吉村寅太郎が生家から土佐城下に通った道と、生家から梼原方面に歩いた山道で脱藩時に通ったであろう宮谷への道を歩く。資料が乏しく完全に歩けるか少し不安であるが挑戦します。

力石バス停の所にある力石集会所、旧力石村役場跡吉村虎太郎は生家から城下に通うのに通った旧道がこのあたりへ下ってきていた

集会所のすぐ先に力石橋の手前(橋を越えて振り返ったところ)を右に左の川沿いに沿って300m程北に入りました
北に入る川沿いの道

300m程入った右にカーブするところ、左に10m程折れると川に突き当たる

対岸の急な斜面の上を見ると尾根道が西へあるのですが登れず上には行けないここにも登り口があったのかはよく分からないが

元に戻り力石の名の由来碑を見てこの細い道が登り口であったようです

力石橋を渡ったすぐ右手ブロック塀の上に一軒家が建っているところから旧道が登っていたと資料にある

民家手前左に、力石茶堂跡・石仏群・力石祠

左の石造り物を見ながら細い坂を民家の玄関口まで上り、門の所で左に折れると急斜面です。少し坂を登る踏み跡があるので上っていくと直ぐに前に進めないほどの藪になっています。諦めて国道に下りようとしたところ、民家の住人のおじさんが出てこられてお話をして頂けた。上の尾根まで30m程の距離だが途中で今は廃道となっているそうで、ブーム時には道が残していたのだが、今は草刈りも追いつかないし行政も力が入っていないそうです。地元の最も人気のある吉村虎太郎が歩いた道なのにどうしてかな、私有地ということもあるかな。多分上まで行けないと思うけどと、もう少し行ってみますと進んでみたが上の尾根道らしいのが見えるが無理でした。後で気が付いたがあのお宅の私有地だったのかな、無道さに入ってしまったが。
やはりブームも去り歩く人が少なくなってしまったのだろう。

急斜面で雑木と雑草で道がない、右に落ちたら大変

上の木の間に少し空間が見えるのが多分頂上なんだろう

右に入りたいのだがこのような状態で窪みもわからない危険

やむなく民家のおじさんにお礼を言って、生家から力石への道を歩くことを諦め国道を少し西に歩きかけたところで前述の民家のおじさんが車で追っかけてくれて、尺能茶堂まで送ってあげるといって車に乗せて頂いた。歩いたら1時間かかるところを助けていただいた。尺能茶堂は上の尾根の延長で西に行った尾根の途中
いつもながら高知の方は皆さん本当に親切でますます高知が好きになる

力石から虎太郎が歩いた 尺能峠の茶堂送って頂いたお礼を言ってここで別れる

諦めの悪い私のことだから、今度は力石の尾根の上まで逆に歩きます、前述の民家の上に出ようと思います
茶堂より東に入っていきます

綺麗に伐採のされた林道の尾根を東に約500m程逆に歩く

途中谷川に架かる小さな橋の所で左にカーブしてすぐに右に折れ尾根道(その時点ではわからなかった)を進んだ。
 (注)3回目に送って頂いたお礼に行ったとき、話されたのが私は谷川を渡り左にカーブして、すぐ右に進んだというと、私の自宅の上に来るには、橋を渡ってまっすぐ上に登り尾根道を進んできていたと教えて頂いた。結局全く方向が間違っていた

今回は橋を渡り、左に折れて20m程で右に折れる道を北東に進んだ

間違っていた林道のこの先で引き返す

旧道探索は失敗に終わりました再び前述の尺能峠復元茶堂に戻る茶堂より西北に下る

茶堂の向かいの 地蔵

西北の野芳生野甲地区で、向かって右の手前集落に志士宮地宣蔵の邸跡、向こう側の森が諏訪神社、さらにその先の集落が吉村虎太郎の生家跡を下っていきます

坂を下っていきます

宮地宣蔵邸跡  今も子孫の方が住んでおられる。吉村虎太郎と同郷に養子に来た、志士として活躍したが惜しくも25歳の若さで病没、京都霊山に墓がある

下野大橋で右の道

橋の袂から尺能峠を見る

 宮地宣蔵邸

諏訪神社の森

諏訪神社

諏訪神社拝殿

神社の隣 願生寺

願生寺の手前で左への細い道を下る吉村虎太郎も高知城下へはこの道を通ったことだろう

北川川に出ます

北川川に架かる「早瀬の一本橋」杉背中にリュックを背負って川に落ちないか恐る恐るわたりました

渡ったところから振り返る

橋を渡ったところにある説明碑と歌

碑の所から坂を登り対岸の新しい道を横断

新道から北川川を振り返る

新道から少し上ると吉村虎太郎邸の大きな看板

前回に続いて2回目です丁度昼時であったのでうどんとおにぎりを食べました

入り口に  吉野山 風に乱るるもみぢ葉は
我が打つ太刀の血煙と見よ 虎太郎

〝帰りには手袋までいただきありがとうございました〟

生家より梼原への道(庄屋の仕事・脱藩の道)
生家から吉村虎太郎が梼原に通った道。脱藩の道でもある生家の前を少し下ると右への細い道があります

室町時代から戦国時代にかけての 芳生野城址跡

虎太郎脱藩の道案内板が建っています

早速道を間違え奥に入っていきましたのでおかしいと思って再度生家で道を尋ねました

登り口を入りすぐ左に小さな橋が架かっているところを左鋭角に登ると教えていただく確かにありました

狭い登り道を南西に進んでいきます

暫く上ると左上に 

大きな木がなく明るい山道です虎太郎は何を思いながら脱藩していったのだろう

気持ち良い古道です

要所要所に虎太郎脱藩の道(津野山古道)の案内板が立てられているので迷うことはない

右急斜面で滑らないよう注意

峠のようです

 右かなり急峻な斜面

かなり奥に入ったようで、尾根道を歩いているのだろうか場所がよく分からない

綺麗に伐採手入れがされ日がよく差し込む

やがて下に舗装道が見えてきました

安井川に架かる小さな石橋を渡る

生家から西南の山越えで安井川に出たようです

正面を下ってきた

舗装道路にいったん出ます

少し進んだところで虎太郎脱藩の道:宮谷方面入り口の案内板

案内板に従い再び左の山道に入る

谷川に架かる小さな橋を渡る

さらに山越えの西南の道

大木が横倒しに道を塞ぐ

よくこのような旧道が残ったものです。地元の人たちの整備大変だろうなありがとうございます

脱藩の道(津野山古道)の案内板

獣除けの柵を開き通ります熊がいないから安心して歩けます

素晴らしい尾根道の一言

結構歩いたつもりだが全然疲れが感じないもちろん生家から未だ誰にも会っていません

狭い道の上左が急斜面で足を滑らしたら大変なので柵を張っています

正直どのあたりを歩いているのかわかりません案内板が頼りで、幸い迷うような辻がないので助かる

ようやく舗装道に出ました、宮谷地区だろうか

虎太郎脱藩の道:宮谷終点の表示、山越えが無事出来ました

右手の山道を出てきたところを振り返る

舗装道を下っていくと民家が見えます、民家の先が分岐になりどちらの道が正しいのか迷っていると、下から軽トラックが上ってきたので、止まっていただき宮谷の国道197号線への旧道はどちらか聞くと、親切に下まで送ってあげようと、Uターンしていただく断るのも親切を無にするようで甘えました。約1㎞ほどだったと思います。別れ際にお礼を言うと、ボランテア、ボランテアと言って去っていきました。やはり高知の人は親切だ。(次回の時ここまで来て下りました)

車でここまで送って頂き、再び脱藩道を歩く、虎太郎の脱藩道の宮谷の入り口。この先梼原へは龍馬達と同じ道です。 堂の口あけ祭り「大わらじ」説明背後は宮谷川確か前回来た時はなかったような気がしたのだが、思い過ごしかな

説明板も古いしやはりあったのだな(2016年)

前回歩いた時は向かって宮谷川の右の大わらじの前を歩いていきましたが、暫く歩いた先で川の向かい側に旧道が残っているのがわかり、今回その道を歩きました
(前回歩いた道)

(今回歩いた道)
一旦国道に戻り国道に架かる小さな橋を渡った右に入る旧道

山際の旧道で手前に歩いてきました。前回歩いたのは左対岸の道

宮谷川の橋を渡り正面の前回歩いた舗装の脱藩道に出ます。かつての旧道は正面電柱の向こう側の山手に入り左の国道に出ていたようです。その途中に宮谷茶堂があった。

少し宮谷の入り口まで戻り)車で送っていただいた方向に少しはいる。この写真は宮谷の入り口方向を見る

虎太郎の生家への道方向を見る

また元に戻り振り返った写真向かって左の民家付近が宮谷入り口で右の小川に架かっている山際の道が今来た脱藩道

この斜め道が見えていた、今はすでに廃道化している前述の脱藩道。この上に小屋がありますがそのあたりに宮谷茶堂があったようです

国道道路で改修されているが、茶堂辺りから国道を越えて南側の旧道に降りていたと想像します正面角の上を越えていたようです
(2回目となると少し余裕があります、前回はここから国道を歩きましたが)

国道を越えて続いていたであろう、国道を横断した道の旧道を進む

(注)このように勝手なことを書いていますが、実際歩きながら想像しているので間違っていたらお許しください。ただ歩くだけでなく思い描きながら楽しんでいます

国道を右に見ながら旧道を進む

右の旧道に合流し、国道を左に山形に迂回していたのですが、ハウスで旧道は消失しているので、左に国道を100m程折れて左の旧道に入る

国道に合流したすぐ先で国道は左の大きくカーブしますが、その国道をして左に入る旧道があります

前回もこの道を歩いているので重なります

暫く左の山際の坂道を進み右の国道に合流します

この先、前回頂上付近完全踏破できなかったので再挑戦の『当別峠越』

当別トンネルの入り口が見えるところで、国道より右に入ります国道正面に当別峠トンネル入り口が見えます
正面の窪んだ辺りが峠だと思います

前回と同じ左のプラント工場を見ながら坂を登ると、旧国道のトンネル正面に出ます。トンネル入り口を見て左に折れて峠への道

前回は雨が降っていて、上るときはそうでもなかったが峠越え出来なくて帰りは小屋の右側に水が溜まり難儀した旧トンネルを潜り高野へ降りた思い出が蘇ってきます。(前回の参照していただくとよくわかります)

※ 結果的には今回も更に大失敗になります
左に折れたすぐに右への山越えの道があるというのですがよくわからなかったというよりすでに旧道は山の自然に帰っているのではないだろうか。イベントがあっても下の旧トンネルを越えているようです

前回と同じように峠への道を進きます

当別峠手前右辺りに前述の小屋近くからの山越えの旧道が一気に登ってきて下りてきていたと思いますが今は全く痕跡がありません

前回は雨で頂上近くまで来たが頂上には到達していなかった。素晴らしい切通の頂上で圧巻だ素晴らしい

峠の切通しを超えると右への道しかなく、突き当りは行きどまりとなっていて急斜面
探せば左への旧道跡があったかもわからないが。今では廃道化というより痕跡はないだろう
後日の結果であるが、この前あたりを一気に下る道があったのだろうこの辺り峠の下を旧当別トンネルが通っています。更に旧当別トンネルの上で、少し北側に旧旧の短いトンネルがあるようですが、そのトンネルが峠からの旧道に繋がっていたようです。今はすでに廃道化しています。(後日3回目の結果分かりました)

でもこの時点で何を思ったのか、今でも考えられないが旧道の下りと思って、つい右への道を下ってしまった、この辺り標高600m程です。
おかしいと途中で気が付いたにですが後の祭りで、そのまま下って行きました。道はいいのですが蛇行しながら北に進み、今度はまた蛇行しながら西へ、そして南に方向を変えて下るのですが、後で地図を見るととんでもない遠回りの蛇行道を歩いていました、1時間ほど歩いていたのではないでしょうか

結局右の道を大迂回の山の中を歩き国道に出たが何が何だか分からずじまいで終わった。出たところは北側地区の国道の当別トンネルの西側に出入口に出て国道と合流しました。

当別峠越再挑戦も失敗消化不良ですしぶとく次回3回目挑戦することになります

高野に出て、高野の舞台・三嶋神社・高野茶堂を通り、再度見学して

少し先で右に折れた前回お世話になった民宿「天山」へ 本日は終了

        壁地峠手前     7時30分 出発
        「民宿天山」    16時30分  着   
           44.072歩  28.6㎞

次の日はコチラ

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